さらばグローバル資本主義表紙

『さらば!グローバル資本主義』を読みながら考えた、地方移住の理想と“選べない人”の現実

地方移住の理想と現実に向き合うとき、みえてくること

『さらば、グローバル資本主義』は、経済評論家の森永卓郎氏と元総務省官僚の神山典士氏が、東京一極集中を脱却し、地方分散型の社会へと舵を切るべきだと提言する書です。
二人は「トカイナカ」と呼ばれる都市と田舎の“いいとこ取り”の暮らし方を中心に、新しい生き方・働き方・経済のあり方を語っています。

本書が描く「トカイナカ暮らし」は、地方移住の理想を形にする象徴的なスタイルとして語られています。都市の利便性と田舎の自然を“いいとこ取り”した暮らしは、まさにこれからの時代を象徴するコンセプトなのかもしれません。

けれど、地方移住という理想は、果たして誰にでも実現できるものでしょうか?

選べる人と選べない人のあいだに横たわる現実、そのギャップこそがこの文章の出発点です。

『さらば、グローバル資本主義』という一冊を通して見えてきたのは、地方移住をめぐる理想と現実の交差点。

そのはざまで感じた違和感と問いを、ここに綴ってみました。

地方への移住や分散型の暮らしが注目される今、私たちはどんな視点でその“理想”と向き合えばいいのでしょうか?


「東京一極集中」から「地方分散」へ——本書が提案する社会像

「東京一極集中はもう限界だ」「これからは地方が主役になるべきだ」
そんな言葉を、最近よく耳にするようになりました。

今回手に取った『さらば、グローバル資本主義』も、まさにその流れの中で生まれた一冊です。

本書の1つの大きな柱は「トカイナカ暮らし」の提唱です。

都市と田舎の“いいとこ取り”を実現する新たな生活モデルとして位置づけられ、働きながら自然と共に暮らすスタイルが理想として描かれています。
このトカイナカという概念があるからこそ、著者たちの構想は成り立っており、それが抜け落ちると、構想全体の魅力や説得力に大きく関わる重要な要素です。

理想や熱意、希望にあふれた筆致に、共感できる部分も多くありました。けれども、同時に「違和感」も残ったのです。


「自産自消」は本当に持続可能なのか?

本書では、自然と共に暮らすライフスタイルの一つとして「自産自消」の生き方が紹介されます。特に森永卓郎氏の実践――1アール(約30坪)の農地で食料をまかない、電力も太陽光発電で確保する生活――は、理想的な暮らしとして描かれています。

森永氏は、太陽光発電の導入により電気代を節約し、老後の生活や災害時の備えとしての自家発電を重要視しています。

私も、東京一極集中から地方に「分散」する動きには賛成です。地域ごとに文化的で健やかな生活が営まれる社会は、これからの時代に必要だと思います。

けれども、「自産自消」を実現するには相当な知識、労力、時間、そして経済的余裕が必要です。

たとえば、農作業にかかる日々の手間、保存・加工の技術、天候リスクへの備え。そうした要素を「支えながら」暮らすためには、仕事・介護・育児とどう両立するのかという現実がついてまわります。

「それができる人」だけが語られる世界観に、私は少し疎外感を覚えました。

安心や自立のかたちは一つではありません。

「自分でつくる」ことも、「誰かと支え合う」ことも、どちらも大切にしながら、「持続可能な暮らし」の意味を丁寧に問い直す視点が必要だと感じます。


“自由に選べる人”だけが主役になっていないか?

本書では、地方やトカイナカでの新しい働き方や暮らし方が「選択できる」ものとして描かれています。
しかし、その選択肢は本当に誰にでも開かれているのでしょうか?

親の介護、子どもの教育、配偶者の転勤、そして経済的不安——。
こうした生活の制約が重なることで、「選びたくても選べない人」が多くいるという現実があります。

本書の「自分で生き方を選べるトカイナカで暮らそう」という主張は、理想としては魅力的です。
けれどそれが現実になるには、支援や制度、家庭内の分担など、目に見えにくい“土台”が必要です。

移住の自由や柔軟な働き方を語るとき、その前提にある生活の条件や支えについても、丁寧に目を向ける必要があると私は思います。

理想を語ることは希望をつなぐことでもありますが、その理想が“選べる人”のものだけになってしまえば、むしろ格差や疎外を生み出してしまう——。
そんな懸念もまた、今の日本社会には確かに存在しているのです。


ブルシット・ジョブと“見えない労働”

本書では「ブルシット・ジョブ(Bullshit Job)」=“意味のない仕事”からの脱出も語られます。
やりがいや意義のある働き方を求めて、地方で新しい働き方を模索する――その構想自体には共感できます。

しかし、ブルシット・ジョブとされている仕事の中にも、実は誰かの日常を支えている重要な役割が含まれていることもあります。

特に、安定収入のために仕方なくその仕事をしている人、家族のために選択肢を狭めて働いている人の存在が抜け落ちていないか。多くの場合、それは女性や家庭を支える立場の人たちです。

理想の働き方を語るときには、それを支える「見えない労働」や「やむを得ない選択」をしている人たちの視点も忘れてはならないと思います。


現実と向き合いながら地方を考える視点

私は、東京一極集中からの転換には賛成です。地方やトカイナカに目を向け、暮らしの質や地域コミュニティの再生を考えることは、これからの日本に不可欠だと感じています。

だからこそ、地方創生を語るときには、理想だけでなく“暮らしの視点”を忘れてはいけないと思うのです。

  • 親の介護と距離の問題
  • 子どもの進学と教育の格差
  • 女性が働き続けるための支援体制

こうした現実と向き合いながら進める地方施策こそが、誰にとっても持続可能な未来につながるのではないでしょうか。

国や自治体が、こうした実態に目を向けた支援制度を設計してくれることを、心から願っています。


最後に

この本は、「地方とどう関わるか」「どう働くか」「どこでどう暮らすか」といったテーマに、私たち一人ひとりが向き合うきっかけを与えてくれる作品です。

けれどもその語られ方が、あまりにも“選べる人”の視点に偏ってはいないか――そうした違和感も強く残りました。

夢や理想が語られるときこそ、そこに見えない誰かの支え、時間、労力があることを忘れたくない。家庭や介護、子育てを担う人たち、特に女性たちの姿が見えないまま進む構想は、持続可能とは言いがたいと思います。

「トカイナカ移住の理想」は、確かに希望のある未来像です。けれど、その理想を支えるには、地域社会やコミュニティとの関係性が欠かせません。

本書が描く地域コミュニティの活力や人とのつながりは、理想の暮らしを成立させるための重要な要素です。

だからこそ、インフラや制度の整備だけでなく、地域に暮らす一人ひとりの現実と感情に寄り添う視点が必要なのだと思います。

この文章が、誰かの「わかる」「それ、言ってほしかった」という気づきにつながることを願って、ここに綴っておきます。

「地方やトカイナカ移住の理想」だけでなく、「その裏側にある現実」まで含めて、地域との関係を考えていきたい——私はこの書を、そんな問い直しのきっかけとして受け取りました。

さらば!グローバル資本主義「東京一極集中経済」からの決別 ←Amazonで購入できます。
著者:森永卓郎/神山典士
発行所:東洋経済新聞社


あなたの声をカタチにするお手伝いをします

有限会社オールバーグでは、人生の節目に感じた違和感や気づきを「伝わる言葉」に変える出版サポートを行っています。

▼あなたの思いを文章にして届けたい方はこちら:


投稿者プロフィール

miwa
miwa