
暮らしの中の引っかかり ~人との間で疲れる理由~
第2回 気づく人ほど疲れる
高校生の頃の話です。
廊下を歩いていると、床に紙くずが落ちていました。向こうから、私が尊敬していた女性の先生が歩いてきます。私は何となくその紙くずを拾い、ごみ箱に捨てました。
すると先生が言ったのです。
「あなたなら、きっとそうしてくれると思った」
その言葉は嬉しかったのを覚えています。
認めてもらえた気がしました。ちゃんと見てもらえていた気もしました。
気づく人ほど疲れる理由
それから何十年も経ちました。
今でも私は、落ちているものによく気がつきます。また、誰かが困っていること、説明が足りないこと、話がかみ合っていないことにも。
仕事でもそうです。
話を聞いていると、「本当の問題はそこではない気がする」と感じることがあります。誰かが困っていることに気づくと、そのまま通り過ぎることができません。
気づくことは悪いことではありません。
講師の仕事でも、相談の仕事でも、その力に助けられてきました。
気づかなくてもいいことまで見えてしまう
ただ、最近思うことがあります。
気づかなくてもいいことまで見えてしまう。自分の責任ではないことまで気になってしまう。そして結局、自分が動いてしまう。
誰かがやるかもしれない。放っておいても困らないかもしれない。
頭ではそう思うのですが、気づいてしまうと気になってしまうのです。
長所と疲れは隣り合わせ
あの時、先生が褒めてくれたことは、間違いなく私の長所でした。
先回りして考える。周りを見る。困っている人に気づく。そうした力に助けられたこともたくさんあります。
でも、その長所は少しだけ疲れる長所でもあったようです。
気づかなければ楽だったのかもしれません。何も見えなければ、もっと気楽だったのかもしれません。
それでもまた紙くずを拾う
それでも、たぶん私はまた紙くずを拾うのでしょう。落ちているものに気づくし、困っている人がいれば声をかけると思います。
それが良いことなのか、損なことなのかは分かりません。
ただ、ときどき疲れる。
そして、ときどき気づかなかった人が少しだけうらやましくなる。最近、そんなことがあります。
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人との間に入って疲れてしまうことについては、前回の記事でも書いています。
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